『新しい年に』
嶋田博考(北海道地区主事)
新しい年、2006年を迎えました。
ここでぜひ、聖書を通して「新しい」を考えてみましょう。まず、旧約聖書から、「新しい歌を主に歌え」(詩篇96:1)。これはどういう意味でしょうか。「古い曲ではなく新曲を歌いなさい」という意味でしょうか。
私は、聖書の「新しい」は「永遠の」とほぼ同じ意味と教えられています。この世のものは全て、そのとき「新しい」ものであっても、いずれ「新しかった」もの、「なつかしい」もの、「古い」ものになってしまうのです。また、自分たちだけが「新しい」と思っているだけということもあります。「…日の下には新しいものは一つもない。『これを見よ。これは新しい』と言われるものがあっても、それは、私たちよりはるか先の時代に、すでにあったものだ」(伝道者1:9-10)。
しかし、永遠の神から出る救いに関することがらはいつでも新しいのです。ですから、新しい歌とは救われた者の歌です。福音が本当に理解され、みことばが歌われている歌です。
次は新約聖書から2箇所。「割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です」(ガラテヤ6:15)。「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」(Tコリント5:17)。
人から出ているものを「古い」、神から出ているものを「新しい」と思える、私たちの主と同じ感覚を御霊によって養われましょう。永遠に通用するものはいつの時代も新しいのです。
2006年、後に振り返ったときに「あの頃には通用した生き方」はしないようにしましょう。イエス・キリストの十字架と復活を知らされた者でなければできない学生生活、私たちの主イエスが再び来られる時にも耐えうる歩みをささげましょう。
この一年、全国のKGKの仲間たちとともに本当の新しさに生かされよう。