『人の歩みと神のご計画 〜物事がうまくいかないと嘆いている君へ〜』
岸本大樹(関西地区主事)
皆さんはどのような学生生活を送っているでしょうか。学生生活には様々なことがあります。キリスト者であったとしても、必ずしも全てが順調に行くとは限りません。就職活動で確信を持って準備していたところが合格の一歩手前でダメになったり、順調にいっていたはずの学内活動が些細なことで思うようにいかなかったりしたことがあるはずです。そんな時、「なぜですか?」と神様に怒りや不安をぶつけるように祈ってしまいがちです。実は、パウロもそうした経験があるようです。
「使徒の働き」は、イエス・キリストの弟子たちの華々しい活動の記録と思われがちです。しかし、実際には弟子たちの苦闘に満ちた記録となっています。16章を見ますと、パウロとその仲間たちの活動が聖霊によって禁じられたり、イエスの御霊がそれを許さなかったりしています。彼らは人の多いアジアやビテニアでの伝道を考えていたのですが、何らかの事情でその道が閉ざされたようです。聖霊やイエスの御霊という表現が使われていますから、自分たちではどうしようもない事情に追い込まれ、主の御心と信じていた道が閉ざされたのでしょう。パウロは後にエペソで3年間過ごすことになりますが、この時の彼らは「挫折していた」と言っても過言ではありません
使徒パウロの挫折です。パウロも傷ついたり、悩んだりしたのです。たとえ主のための働きであったとしても、全てが実現するわけではないことをパウロは経験したのです。キリスト者も挫折することがあることを聖書は明確に記しています。
しかし、16章9節をご覧ください。挫折していたパウロと仲間たちに、新たな幻(ビジョン)が与えられました。マケドニアで伝道するというビジョンです。人の多い町で伝道しようと考えていた彼らでしたが、それが叶わぬ夢となり、彼らが辿り着いた先はトロアスという小さな港町でした。目の前には海が広がるばかりです。ところが、その海の向こうのマケドニアにも主の救いを待ち望んでいる人たちがいることを知り、彼らはその人たちに福音を伝えようと決心したのです。
実は、教会の歴史から考えると、パウロたちのマケドニア伝道は非常に重要な意味を持っています。彼らによって福音がヨーロッパへ伝えられたからです。そして、後に膨大な年月を経て、福音はヨーロッパからアメリカ大陸へ渡り、さらに日本へも伝えられることになります。
このことから、人間の思いと神のご計画が時として異なることもあることがわかります。また、人間の思いとは異なる神のご計画には非常に重要な意味を持っていることも教えられます。そう考えると、人間の挫折はそれだけで終わってしまうようなものではないのです。挫折の向こうに新たなビジョンがあり、そこにこそ神のご計画があるのです。
ビジョンというと、どうしても突然降って湧いて出てくるようなイメージを持ちがちです。そのような場合もあるのかもしれませんが、それは稀なことだと思います。衝動買いのような感覚で、パッと目に入ったことや耳にしたことがビジョンだと捉える人もいますが、そうではありません。ビジョンは、単なる思い付きではないのです。
新たなビジョンは、与えられている務めを果たす中で見えてくるものです。何もしないで見えてくるはずがありません。無駄としか思えないようなことをしたり、先が見えない不安の中でなすべき務めを果たしたりしていく中で、時間をかけてわかってくるものなのです。
パウロが新たなビジョンを確信するまで、長い時間がかかりました。無駄と思えるようなことも繰り返したことでしょうし、辛く苦しいことが続いたかもしれません。しかし、アジアやビテニアへ行けなかったという試練を経たからこそ、マケドニアという新たなビジョンを確信することができたのです。
物事がうまくいかないと行き詰まりを感じたり、挫折感に苛まれたりしている皆さん、諦めてはなりません。今、あなたが与えられている働きを投げ出してはなりません。あなたがなすべきことを祈りつつ、しっかりと考え、それを続けてください。無駄としか思えない目の前の務めを忠実に果たしてください。無駄としか思えないことを積み重ねたからこそ、わかってくるものもあります。そして、試行錯誤の末に、新たなビジョンが必ず見えてくるはずです。あなたにも神様の何らかのご計画があるのですから。